調理師日誌

2022年11月号編集後記

秋の一日、ある殿様が家来を連れて江戸の郊外の目黒まで馬の遠乗り(鷹狩りとの説もある)に出て、昼時に空腹を覚えた頃、魚を焼く匂いがするので、家来に尋ねると「さんまを焼いている匂いでござります」と申すも殿様にはなんのことかわからぬと申され、「さんまとは下魚でお殿の口に合うようなものではござらぬ」といいつつも、匂いのする一軒の農家に入ると、家中もうもうと煙をたて、さんまの煙を充満させております。

殿様がぜひにと所望するので差し上げたところ「これは珍味じゃ」と大層喜ばれたという。お屋敷に戻った殿様はあの時の「さんまの味が忘れられぬ」と、毎日さんまを所望されるので家来は手を尽して最上等のさんまを取り寄せ、お体にさわるといけないと、脂や小骨をきれいに取り除き、蒸して上品な吸物に仕立てて進めると、殿様は「恋しかったさんまよ」と一口召し上がり、「これがさんまか?いずれから取り寄せたのじゃ」「日本橋魚河岸でござります」「それはいかん。さんまは目黒にかぎる」。

古典落語の「目黒のさんま」に因んだ目黒のさんま祭が10月9日、3年ぶりに開催されました。豊漁の時は岩手や宮城の魚港から7,000匹も提供されたことのあるサンマも、折からの水揚げ不漁で今年は1,000匹の定数に8,734人の応募があったそうで、抽選に恵まれた人が塩焼のサンマにかぼすを搾り、新物を味わうことが出来たようです。サンマは秋刀魚と書き、体型は細くスマートで背は黒紫色、体側は帯状に銀白色を呈し、いかにも刀を思わせる漢字を当てたようです。美味で脂も多く、江戸時代から「さんまが出るとあんまが引っ込む」と言われて秋の味覚として庶民に親しまれてきました。

現代では生活習慣病を予防するEPAやDHAの成分が豊富でビタミン、カルシウム類の栄養価も高く、ぼけ防止や子どもの成長に適した健康食品とされています。

目下、天ならぬ物価が高く、馬も痩せる思いで、さんまに限らず秋の値上げは庶民の台所を直撃しています。

編集長 日比野隆宏

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